旧・望月志乃の ひびわれたまご

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

食べられないのに無理やり食べさせようとする母親の話

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取り急ぎ、ツイートのまとめです。

愚痴の上、読みにくい箇所があると思いますがご容赦ください。

 

ママの気持ち、子どもの気持ち

"そのママは「子どもがちゃんとごはんを食べてくれない」という悩みを持っていました。 ところが僕にはそれよりも、子どもにご飯を無理やり食べさせているように見えたことが気になったんですね。

「ああ、最後のここ。このあげ方だと子どもは荒れちゃうよね」って。 (中略)

でも、それに対して妻は「あなたには何も見えていないのね」って言ったんです。"
"「このママはちゃんとごはんを作ってあげてるじゃない。それを子どもに食べてもらえない、このママの気持ちは?このママが子どものためにどんなに丁寧に工夫して、料理をしているか、想像できる?」って。"

引用元:『すくすく子育て』のコメントで、僕が伝えたいこと | Conobie[コノビー]

こちらの記事は、悩みながら一生懸命子育てをするお母さんに「あなたは自分らしく子育てをすればいいんだよ、あなたはあなたでいいんだよ」と、優しく寄り添う内容のものです。この記事に救われるお母さんが、沢山いらっしゃるのだろうなと思いつつ、私は自分自身の体験から、引っかかるものを感じてしまいました。

"「正しさはあなたたちの外にあるのではなくて、あなたが子どものために頑張ろうとしているその中にある」ということを、すごく大事にしたいと思っています。"

" そうすると一方で、「そんなに認めてばかりいたら、その親が反省しなくなる」とか言う人がいるんだけど、いやいや、それは違う。

「わたしはわたしでいいんだ」と思えるときに、人はその人の一番良いところが出てくると思うんです。"

引用元:『すくすく子育て』のコメントで、僕が伝えたいこと | Conobie[コノビー]

 「こんなに素晴らしい母親は世界中のどこ探したっていないよ!?」と、「〇〇ちゃんのためにこんなに身を削って頑張ってるのに…」が口癖で、いくら「頼んでない、やめて」と言葉を尽くして伝えても、まったく聞く耳を持ってもらえない母を持ち、許容量以上の「親心」を押し付けられてきた記憶が、フラッシュバックしました。

小食の子どもを心配して、何とか食べてもらいたくて奮闘するママの頑張りを否定したいわけじゃないんですよ。ただ、限度はあるよねっていう話。

まともな感覚を持った人なら、程度をわきまえるのでしょうが、厄介な方向に確信を持ったまま妄信的に突き進む母親を持った子どもは、延々と「ママの気持ちはどうなるの?」を押し付けられることになる。

「心配だから」と盲目になり、苦しむ相手の顔が見えていない

こっちも必死なので「何でそういうわけにいかないの?何で?」と何度も理由を尋ねるものの「親心でしょ!」であるとか「心配なの!」であるとか「食べないと死んでしまうよ!」を繰り返すばかり。

「これ以上は受け取れない」と意思表示しているのに、「素直に受け取らないお前が悪い」と言わんばかりで、どうにも要領を得ない。いくら「もうお腹いっぱいだから、お願いだから、食べ物を押し込もうとするのをやめて欲しい」と訴えても、暖簾に腕押し状態。

作ったら作ったで横でネットリと監視され、わざとらしく褒められ、食事も、料理も、楽しくない作業に感じられました。

 

すぐにやめさせて抗議しましたが、傷ついた顔をしながら同じことを繰り返そうとするので、何が悪いのか分かってない様子でした。

日本語を話しているはずなのに、一向に気持ちが伝わらない時、絶望を感じる。それが親なら尚更だ。

 

完璧な母親なんていない。

悪い影響だけじゃなく、良い影響もたくさん受けている。

母は母なりに、必死だったということも分かる。

それなのに、もう割り切ったつもりで、まだまだ私の胸でインナーチャイルドが泣いている。こうやって吐き出すことで、少しずつ気持ちの整理をつけているのかもしれない。 

今回も、様々なご意見をお寄せいただき、本当にありがとうございました。 

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