旧・望月志乃の ひびわれたまご

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

「毒のない親」はいない?母親との関係に悩みながら母親になった娘たちの話

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前回、前々回の続きです。

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※3本立てとなっております。 

 

 

親の過保護・過干渉がもたらす苦しみの例

だけど、どんな親にも多少の毒はある。

自分自身だって例外ではなく、そのため親になることを恐れたり、育児に不安がつきまとう。

親になって、親の有難みがわかることもあるから、「お母さんよりよっぽど私の方が悪い」「お母さんは立派なのに私ときたら」と思ったり。

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「親は悪くない!私が悪い子だから」と思い込んでしまったために、認知が歪んでしまう子どもがいる。

そこから抜け出すために、正当に哀しみ、溜め込んだ怒りを爆発させるフェーズが必要になる。 そうやってしっかり感じ切った後に、親とどうなりたいか、自分で決めることができる。

「あなたとお母さんは違う人間だし、あなたの娘さんとあなたも違う人間なのよ。」

「自分も毒親になってしまうのでは!?」という不安でノイローゼになり、カウンセリングに通っていた頃、カウンセラーさんから言われた言葉です。

自分と娘の境界線があいまいな母に育てられ「私はお母さんじゃない!」と反発しつつも、自分もしっかり影響されてしまっているのが、哀しいところで。

「お母さんみたいな母親になりたくない。なってしまったらどうしよう」ということで頭がいっぱいになっていたけれど、私はお母さんとは違う人間だし、娘も私じゃないのだから、同じようなことをしてしまったとしても、同じ結末を迎えるとは限らない

今だって不安だらけですが、皆さんが言うように、何とか手探りで、自分なりの子育てを模索しながら、前向きにやっていくしかないんですよね。

「毒親(加害者)になってしまったらどうしよう!?」ではなく、

「私には毒がある。だからこそ、娘にはその毒を免疫にして、たくましく育ってほしい」という考えにシフトしていった方が、建設的なのかもしれない。

親との関係に苦しみながらも、なんとか生きている、今のわたしのように、なんだかんだで子どもには、親がどうあれ自力で幸せになろうとする力がある。

娘の自立や、自己肯定感を阻害するような毒親にならないために気をつけることもモチロン大事なんだけれども、ノイローゼになるほど気負わなくても、本当はいいのかもしれない。

わたしは今、なんだかんだで幸せなので、きっと娘も、わたしがどんな親だろうと、周りの力を借りながら、幸せになる道を見つけていくんじゃないかなと思っている。

そして、そういう子育てをしたい。

 

お互い、頑張ろうや。

 

前回・前々回の記事(この記事は3本立てです)

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